展覧会のご案内

山王美術館 春・夏コレクション展2017 フローラ―花々と美の饗宴―

期間
2017年91日(金)~2018年131日(水)
開館日
毎週 月曜日~金曜日(月~金曜日の祝日は開館)
開館時間
11時~17時(入館16時30分まで)
休館日
毎週 土曜日・日曜日、12月29日~1月1日
入館料
一般1,000円 
大学・高校生500円 
小・中学生500円(保護者同伴に限り2名様まで無料)
※学生証をご提示ください。
※受付にてチケットを販売しております。
会場
山王美術館 ホテルモントレグラスミア大阪 22F 〒556-0017 大阪市浪速区湊町1-2-3 
お問い合せ
TEL 06-6645-7111(ホテル代表)

梅原龍三郎と同時代の画家たち―出品リスト

梅原龍三郎 ≪軽井沢風景≫ 1951-52年/山王美術館蔵

梅原龍三郎 ≪軽井沢風景≫ 1951-52年/山王美術館蔵

大正・昭和を通じて日本の近代洋画界をリードした画家・梅原龍三郎は、京都の大きな染呉服問屋に生まれ幼少の頃より日常的に、友禅染の図案や宗達・光琳風といった京都の伝統的な装飾美術を目にする環境で育ちました。15歳で梅原は、日本洋画確立期を代表する画家の浅井忠が開設した聖護院洋画研究所で厳格なデッサンを学びます。その後のフランス留学では生涯の師となるルノワールに師事し、ヨーロッパ美術を通して様々な芸術を体験します。帰国後、ルノワールに見出された華やかな色彩感覚に浮世絵や桃山絵画風の豪華な装飾性を加味した、骨太い線と豪華絢爛たる色彩の作品を生み出します。
本展では梅原の作品を中心に親しく交流のあった、ルノワール、岸田劉生、中川一政をはじめ、林武、浅井忠、安井曽太郎など同時代の画家たちの作品をコレクションより一堂に展覧致します。
豊潤かつ明快な色彩を用い、浮世絵、琳派、南画など日本画の伝統を洋画の中に融合させ独自の画境を築いた梅原芸術をどうぞご覧ください。

  • ≪軽井沢風景≫ 1951-52年/山王美術館蔵

    梅原龍三郎 
    ≪軽井沢風景≫1951-52年
    山王美術館蔵

  • 梅原龍三郎

    軽井沢風景1951-52年

    1943年に軽井沢を初訪問した梅原は、噴煙する浅間山に魅せられ、1946年の夏以降、毎年夏に同地を訪れるようになります。本格的に取り組みはじめたのは、1950年に「いながらにして浅間の見える家を借りた」後になります。1953年にはアトリエを新築し、富士山と併行しながら描き続けられた軽井沢は、重要な制作の舞台となります。
    軽井沢に滞在中の梅原は浅間の山容を主題にダイナミックな構成の作品を多く描いていますが、本作は左手に浅間山を赤く描き、自身の仕事場である山荘、青い空に自由奔放に浮かぶピンク色の雲、色とりどりの草木や池など、作者の軽井沢での親しみのこもった日常風景を描いた作品と言えます。華麗な色彩と豪放な筆使いによる絢爛豪華な画風からは色彩画家と呼ばれる梅原らしさを感じさせます。

  • 梅原龍三郎 ≪薔薇図≫/山王美術館蔵

    梅原龍三郎
    ≪薔薇図≫
    山王美術館蔵

  • 梅原龍三郎

    薔薇図

    梅原は風景、人物、静物とあらゆるモチーフを描いていますが静物画においては花を多く描いています。花のなかでは薔薇、牡丹、ひまわり、アネモネ、チューリップ、椿など、いずれもたっぷりとした量感のある華やかな花を描きましたが、年を経るにつれて生涯の師であるルノワールが愛した薔薇を梅原も好むようになりました。「薔薇は他の花とは違い、非常に光を感じる」と語った梅原はアトリエで、旅先でと生涯に何作もの薔薇図を描いています。赤、緑、そして青の鮮やかな色彩による文様と、重厚でたっぷりとした器形が特徴の萬歴赤絵の壷に薔薇を活けたモチーフは特に梅原が好むものでした。本作も光り輝く花と鮮やかな色彩をもつ壷を組み合わせることにより、それらはお互いに響き合い、装飾性と華やかさを併せもつ作品に仕上がっています。

  • 梅原龍三郎 ≪裸婦結髪図≫ 1930/山王美術館蔵

    梅原龍三郎
    ≪裸婦結髪図≫1930
    山王美術館蔵

  • 梅原龍三郎

    裸婦結髪図1930年

    1913年のフランスからの帰国後、渡欧期の成果を活かし日本的な油絵へと挑戦しますが、ヨーロッパと日本の風土や文化の違いに一時低迷時代を向えます。その後二度目の渡欧後は再び東洋的な美を油絵に活かそうと積極的に裸婦や風景画を描きます。この作品はその時代にあたり、浮世絵や大津絵などの日本の伝統的な絵画様式が取り入れられ梅原様式確立への過度期に描かれたものです。この後、桃山絵画風の豪華な装飾的な作品や岩絵具を油で練って用いるなどの梅原独自の日本的油絵様式を確立し、日本洋画壇を代表する画家となります。

  • 梅原龍三郎 ≪カンヌ暮色≫ 1959/山王美術館蔵

    梅原龍三郎
    ≪カンヌ暮色≫1959
    山王美術館蔵

  • 梅原龍三郎

    カンヌ暮色1959年

    1956年のイタリア、フランスへの制作の旅を皮切りに、1977年まで頻繁にヨーロッパを訪れ、長期間滞在し制作にあたりました。とりわけカンヌは生涯の師・ルノワールのアトリエがあるカーニュに近く、制作に集中できる場所であることから足しげくこの地を訪れています。梅原は定宿としていたホテルのテラスに大きなイーゼルを据えてそこから見えるカンヌの景色を何作も描いています。本作はカンヌの美しい夕焼けが描かれた作品であり、梅原自身「これくらゐの時刻から先の空が美しかった。」と語る様に梅原らしい鮮やかな色彩と大胆な筆致によってその瞬間が捉えられています。70歳を超えての作品とは思えない生き生きとした力強さを感じる作品です。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール≪読書-赤とローズのブラウスを着た二人の女性-≫1918/山王美術館蔵

    ピエール=オーギュスト・ルノワール
    ≪読書-赤とローズのブラウスを着た二人の女性-≫1918
    山王美術館蔵

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール

    読書
    -赤とローズのブラウスを着た二人の女性-1918年

    「私は赤という色を輝かせたい」とルノワールは語っていますが、本作は晩年に好んで描いたモデルのアンドレ(通称デデ)を主体に、赤や橙系の色彩を用い生命力に満ちた画面が構成されたルノワール最晩年の作品です。1915年に最愛の妻アリーヌがこの世を去り、傷心するルノワールのアトリエに再び活気をもたらしたのがモデルのアンドレでした。写真屋に勤めながらニースの美術学校でモデルの仕事もしていたアンドレは、画家マチスが女性モデルを探していることを知りマチスの家を訪問しましたが、アンドレを一目見たマチスは「ルノワール向きだ」と言い、レ・コレットのルノワールのもとを訪問するように勧めました。亡妻アリーヌとの類似点を見出したルノワールは理想の女性像をアンドレに求め、光を吸い込むかのような肌をもった彼女をモデルに100点を超える作品を描きました。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール≪アネモネ≫1917/山王美術館蔵

    ピエール=オーギュスト・ルノワール
    ≪アネモネ≫1917
    山王美術館蔵

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール

    アネモネ1917年

    印象派を代表する画家であるルノワールは人物画、風景画とならんで花の絵も数多く描いています。特に薔薇、アネモネなどのモチーフを好んで描きました。ルノワールは花を描くことは、頭の休息になると語っています。そこにはモデルを描くときのような緊張感はなく、いろいろな絵具を大胆に試すことができ、その経験は女性の肌の色を研究するうえで非常に有効なものでした。1919年の亡くなったその日もルノワールはアネモネの絵を描いていたといわれています。本作もルノワールの好んだ生命力あふれる女性の肌のように、赤や橙系の色彩を用い、花のもつ生命の強さや暖かさを表現した作品となっています。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール≪チャペルのある風景≫1899/山王美術館蔵

    ピエール=オーギュスト・ルノワール
    ≪チャペルのある風景≫1899
    山王美術館蔵

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール

    チャペルのある風景1899年

    リューマチに悩まされたルノワールは年を追うに従い症状が悪化し、医師から温暖な気候の南フランスへの転地療養をすすめられます。カーニュ=シュル=メールはカンヌにほど近い美しい漁村で、1898年に初めてこの地を訪れています。その後、地中海各地を訪問し、1903年にこの地に移住すると冬はこの地で過ごし、パリ、エソワ、カーニュを行き来しながら本作で描かれている「カーニュのノートルダム寺院」をはじめとする制作に励みます。1908年には樹齢数百年のオリーブ園が広がり、中世カーニュの街並みと海を見渡せる小高い丘の上の「レ・コレット」を購入してこの地で戸外の風景画を描きます。翌年、ルノワールの作品に深い感銘を受けた梅原龍三郎の訪問を受けたのもまた、この南仏カーニュでした。

  • 中川一政≪向日葵 林檎≫/山王美術館蔵

    中川一政
    ≪向日葵 林檎≫1972
    山王美術館蔵

  • 中川一政

    向日葵 林檎1972年

    独学で画の道に進んだ中川はゴッホやセザンヌを手本に自由奔放な描き方を自ら習得します。対象の形はほとんど留めていませんが、そのものの本質をがっちりとつかみ、画面を息づかせる方法は並ぶ者がないと言われています。風景画に並び、多数描かれた題材に花があります。中川は様々な花に親しみ、これを愛し、生涯を通じてバラ、向日葵、ゆり、椿などの色彩豊かな花の絵を多く描きました。「私は薔薇をかく。向日葵をかく。しかし、私は薔薇をかいているのではなく、向日葵をかいているのでもない。それらの形を、色をかいて、ムーブマンをかいているのだ。」と中川は語ります。本作は向日葵に西洋の調度品であるマジョリカの壷を組み合わせ、花同様に花瓶も念入りに描いた作品となっています。