山王美術館

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ピエール・ボナール Pierre Bonnard
1867-1947

フランス フォントネ=オ=ローズに生まれ、南フランス ル・カネにて没。
はじめは法律の勉強をこころざしていたが、絵画への強い関心から1887年アカデミー・ジュリアンに入学。モーリス・ドニらと交友を結び、1888年にはポール・ゴーガンの影響のもとナビ派を結成する。1889年フランス=シャンパーニュの広告コンクールで受賞。これを機に画家の道をすすむことを決意する。日本の浮世絵に影響をうけた作品を制作し、「日本的ナビ(ナビ・ジャポナール)」と呼ばれた。1893年のちに妻となるマリア・ブールサン(通称マルト)と出会う。やがて自宅や別荘における日常的な場面や裸婦など身近なモティーフを対象とした親密な情景を描きはじめ、「アンティミスト(親密派)」と称された。

ピエール・ボナール《クリシー大通り》1900年、山王美術館蔵

クリシー大通り

1900年
油彩、カンヴァス
66.0×92.5㎝

Clichy Boulevard

1900
Oil on canvas
66.0×92.5㎝

「クリシー大通り」はパリ北部モンマルトルの丘に沿う大通りで、19世紀末にはキャバレー「ムーラン・ルージュ」など娯楽施設が開設され、一帯は歓楽地として賑わいました。さまざまな人びとが行き交う庶民的で活気ある街並みは多くの芸術家をも魅了し、当時アトリエが近くにあったボナールも、いわば日常風景の一コマとして、たびたびこの界隈を描きました。

ピエール・ボナール《マルト・ボナールと愛犬「ブラック」1906年、山王美術館蔵

マルト・ボナールと愛犬「ブラック」

1906年
油彩、カンヴァス
64.3×66.5㎝

Marthe Bonnard with her Dog “Black”

1906
Oil on canvas
64.3×66.5㎝

ボナールはいつも、日常生活のなかで記憶に残ったイメージをもとに作品を制作しました。とくに初期において、薄明かりの室内に浮かぶ家族の情景を何点か描きましたが、本作もそうした親密派といわれる初期ボナールの特色を示す一点といえます。描かれている女性は、その容貌からおそらく生涯の伴侶マルトと思われます。決して友好的な性格ではなかったようですが、ボナールの人物像の最重要モデルとして、かけがえのない存在となっていました。

ピエール・ボナール《輪まわしと子どもたち》1900年、山王美術館蔵

輪まわしと子どもたち

1900年
油彩、カンヴァス
182.0×106.3㎝

Children with a Hoop

1900
Oil on canvas
182.0×106.3㎝

画面上部から垂れ下がる樹々の緑が全体の基調色となって、画面に深い安らぎを与え、室内画のような濃密な空間のなかから種々のモティーフが浮かび上がってきます。よく見ると、子どもや犬、小径の部分は見下ろすような角度で捉えられているのに対し、樹々の茂みは垂直に近い角度で捉えられていることに気づきます。ここでボナールは、ひとつの画面にふたつの視点を持ち込むことにより、たて長の大型画面にうねるような動きと奥行きを生み出しています。

ピエール・ボナール《脱衣の女性》1930年頃、山王美術館蔵

脱衣の女性

1930年頃
油彩、カンヴァス
110.8×56.7㎝

Woman Undressing

c1930
Oil on canvas
110.8×56.7㎝