展覧会のご案内

山王美術館 春・夏コレクション展2017 フローラ―花々と美の饗宴―

期間
2017年31日(水)~731日(月)
開館日
毎週 月曜日~金曜日(月~金曜日の祝日は開館)
開館時間
11時~17時(入館16時30分まで)
休館日
毎週 土曜日・日曜日、12月29日~1月1日
入館料
一般1,000円 
大学・高校生500円 
小・中学生500円(保護者同伴に限り2名様まで無料)
※学生証をご提示ください。
※受付にてチケットを販売しております。
会場
山王美術館 ホテルモントレグラスミア大阪 22F 〒556-0017 大阪市浪速区湊町1-2-3 
お問い合せ
TEL 06-6645-7111(ホテル代表)

フローラ―花々と美の饗宴―出品リスト

ピエール=オーギュスト・ルノワール≪裸婦と花の習作≫1915頃/山王美術館蔵

ピエール=オーギュスト・ルノワール≪裸婦と花の習作≫1915頃/山王美術館蔵

「Floraフローラ」とは、ローマ神話における花と豊饒をつかさどる春の女神のことです。ボッティチェリ≪春 (プリマヴェーラ)≫が有名ですが、ティツィアーノ、レンブラントらも神話画として描いています。また、女性を描く際のモチーフとしてたいへん好まれ、フローラにふんした数多くの肖像画が残されています。『源氏物語』においても「藤の花」や「桜」など、女性を花にたとえる場面がありますが、女性と花々の美は洋の東西をとわず共通するものなのかもしれません。ルノワールは花を描きながら女性の肌の色調を研究したといいますが、ふたつの画題は優雅かつ繊細なモチーフとして、多くの画家たちを魅了したのでしょう。本展では、ルノワール、キスリング、藤田嗣治、上村松園など、さまざまな画家による花と女性を描いた作品を一堂に展覧いたします。花々と美の饗宴へどうぞお越しください。

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール≪裸婦と花の習作≫1915頃 山王美術館蔵

    ピエール=オーギュスト・ルノワール
    ≪裸婦と花の習作≫1915頃
    山王美術館蔵

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール

    裸婦と花の習作1915年頃新コレクション

    ルノワールの死後、コレット荘のアトリエには720点もの作品が残されていました。残されたキャンヴァスは多くの画題により構成されていたといいます。ルノワールは本作に見られるように、静物画や風景、風景のなかの裸婦像など複数の画題を1枚に描いていたのです。こうしたキャンヴァスは、のちに遺族の了承のもとに切り分けられ、個々の作品として販売されました。そのため、ルノワールが描いたままの姿を見ることができる本作は貴重であるといえます。
    画面からあふれるようなピンクと黄色のバラ、牧歌的な風景、そしてルノワールがめざした風景のなかに調和する裸婦像により構成された本作は、晩年においてもなお自らの絵画表現を追求しようとした、画家の創作への意欲を感じさせてくれます。

  • 梅原龍三郎≪牡丹黒天目壺≫ 山王美術館蔵

    梅原龍三郎
    ≪牡丹黒天目壺≫
    山王美術館蔵

  • 梅原龍三郎

    牡丹黒天目壺

    「百花の花」ともよばれる牡丹は、「富貴」や「繁栄」を象徴する花として、古来よりさまざまに表現されてきました。梅原の花といえば薔薇と牡丹に集約されるほどに、梅原龍三郎も牡丹を画題とした多くの作品を描いています。
    ルノワールに「コロリスト」と称され、天性の色彩感覚を高く評価された梅原らしく、絢爛たる牡丹の豊かな姿を、あでやかな色彩と自由な筆致によりいきいきと描写しています。まるで、今を盛りと咲きほこる花の生命感そのものを、キャンヴァスに描きとどめようとしているかのようです。対峙した梅原のあふれるような感動と、描くことへのよろこびを感じさせてくれる作品です。

  • 果物をもった横たわる裸婦 1888/山王美術館蔵

    ピエール=オーギュスト・ルノワール
    ≪果物をもった横たわる裸婦≫1888
    山王美術館蔵

  • ピエール=オーギュスト・ルノワール

    果物をもった横たわる裸婦1888年

    1881年秋のイタリア旅行で、ラファエロをはじめとするルネサンスの巨匠の作品に感銘を受けたルノワールは、やがて印象派からの脱却を試みるようになります。以降、デッサンを強調し厳格な輪郭線と堅固なフォルムをもった人物表現と、色調をおさえた画面構成による古典的様式へと傾倒していくのです。「アングル時代」とよばれるこの様式は1887年に描かれた《大水浴図》(フィラデルフィア美術館蔵)を頂点に、1890年代以降は印象派の時代を思わせる筆触を強調し、おだやかな色彩表現による人物像へと変化していきます。
    風景の中の裸婦像は、ルノワールが最晩年に至るまで取り組んだ伝統的画題ですが、自らが「制作の破たん」と評するこの時代を経て、調和のとれた穏やかな色彩表現により、女性像と風景の効果的な統合を目指すようになるのです。本作は晩年の豊潤な裸婦像へと連なる転換期にあたる重要な作品といえるでしょう。

  • 二人の少女 1941/山王美術館蔵

    モイーズ・キスリング
    ≪二人の少女≫1941
    山王美術館蔵

  • モイーズ・キスリング

    二人の少女1941年新コレクション

    わずかに首を傾げ、身を守るかのように両手をあわせた少女の不安そうなまなざしと、その不安やいたみを受けとめるかのように左肩に手をおき、傍らに寄り添う少女の慈母のような表情が印象的な作品です。本作は第二次世界大戦によりアメリカへ亡命した後に描かれたものですが、ナチスによるユダヤ人への迫害という時局にたいしての画家自身の不安感や寂寥感、さらに平和への祈りを感じさせられます。
    エコール・ド・パリを代表する画家として早くより名声を得たキスリングですが、本作にみられるように、陶器のような滑らかなマティエールとあざやかな色彩の対比による作品を特徴としています。
    息子のジャンによると、「画家は後の世代のために描かなければならない」とキスリングは語ったそうですが、数多く手がけた憂いをおびた表情の女性像は、官能的でありながら神秘性を宿しており、今もなお観る者を魅了してやみません。

  • モイーズ・キスリング≪ミモザとパンジー≫1937/山王美術館蔵

    モイーズ・キスリング
    ≪ミモザとパンジー≫1937
    山王美術館蔵

  • モイーズ・キスリング

    ミモザとパンジー1937年新コレクション

    早くより画家としての才を認められたキスリングは、1920年代にはエコール・ド・パリを代表する画家であり、モンパルナスを代表する象徴的存在でした。1933年にはレジオン・ドヌール勲章授与、1934年にはアメリカのカーネギー国際美術展への招待作家として出品するなど、1930年代に入りその名声は確固たるものとなります。アトリエにはモデル希望者の訪問があとを絶たなかったほどの人気ぶりだったようですが、裸婦像や女性像と共に花を中心とする静物画も多く描かれました。
    花を描くにあたっても想像に任せることなく、花びら一枚一枚をも丹念に描いたといいますが、満開のミモザもまた一輪一輪描かれているのです。ミモザの黄色とつややかなパンジーの紫が、あざやなか色彩のコントラストを見せる、キスリングらしく濃密な静物画といえるでしょう。

  • 藤田嗣治≪ネコとチューリップ≫1957/山王美術館蔵

    藤田嗣治
    ≪ネコとチューリップ≫1957
    山王美術館蔵
    © Fondation Foujita / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2016 G0708

  • 藤田嗣治

    ネコとチューリップ1957年

    「画室にいる時モデルがいないと猫を描くのである。サインの代わりに猫を描くこともある。」と、藤田嗣治は語っていますが、トレードマークともいえる「ネコ」を生涯を通じて数多く描いています。
    裸婦像のかたわらや自画像のなかに登場していた猫ですが、やがて独立したモチーフとして描かれるようになり、パリでは1929年頃に「猫十態」として版画シリーズが、1930年にはニューヨークで『猫の本』が出版されました。また、太平洋戦争後にフランスへと渡るために、アメリカに一次滞在した1949年の11月にはニューヨークで個展が開催されました。個展はたいへんな話題となり成功をおさめますが、この時出品されたのが藤田の代名詞ともいえる乳白色のキャンヴァスに描かれた女性像と、以前よりアメリカで人気のあった猫を中心とした動物画だったのです。 さまざまに見せる表情と、しなやかな肢体、やわらかな毛ざわりまでもを卓越した描写力で表現したこれらの作品からは、猫に対する画家の愛情深いまなざしが感じられます。

  • モーリス・ド・ヴラマンク≪花瓶の野花≫1919/山王美術館蔵

    モーリス・ド・ヴラマンク
    ≪花瓶の野花≫1919
    山王美術館蔵
    © ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2017 G0842

  • モーリス・ド・ヴラマンク

    花瓶の野花1919年新コレクション

    ヴラマンクは、ドラン、マティスとの出会いのもと、1905年秋のサロン・ドートンヌに出品し、フォーヴィスムの中心的な画家として目されるようになります。ゴッホに刺激をうけた、はげしく鮮烈な色彩による作品を描いていましたが、キュビスムが台頭するなかで、1908年頃からはセザンヌに影響をうけ、構築的な画面構成を試みはじめました。1920年代に入ると厚塗りの筆触を再び取り戻し、黒を用いながら藍や白、濃い茶色を基調とした色彩により、風景や静物を描くようになるのです。
    本作は、花瓶と背景にセザンヌ的な影響をのこしながらも、花々はバーミリオン、コバルトブルー、イエローレモン、ホワイトなど、原色の鮮やかさをそのままに力強い筆致で描きあげられており、フォーヴィスムからキュビスムを経て、新たな作風を求めていたヴラマンクの意欲的な試みを見ることができます。

  • 川端龍子≪花王図≫/山王美術館蔵

    川端龍子
    ≪花王図≫
    山王美術館蔵

  • 川端龍子

    花王図

    「あまねく花を看るも、此の花に勝るものはなし(看遍花無勝此花)」と、晩唐の詩人徐夤(じょいん)は詠んでいますが、牡丹の花は中国では「花王」、「百花の花」として古来より愛されてきました。日本においても富貴の象徴としてさまざまな意匠に用いられ、狩野山楽≪牡丹図襖≫(大覚寺蔵)、円山応挙≪牡丹孔雀図≫(承天閣美術館蔵)など多くの画家に描かれてきました。
    西洋画を学んだ後に日本画へと転身した川端龍子らしく、気高い花の姿を量感豊かに描き上げた本作は、まさに「花王」という呼称にふさわしいといえるでしょう。

  • 小磯良平≪赤い帽子(窓ぎわ)≫1981頃/山王美術館蔵

    小磯良平
    ≪赤い帽子(窓ぎわ)≫1981頃
    山王美術館蔵

  • 小磯良平

    赤い帽子(窓ぎわ)1981年頃

    1971年に東京藝術大学を退官した後に、ふたたび女性像へと回帰した小磯良平は、とりわけ1970年代から80年代にかけて、清楚な趣のある室内婦人像を数多く描いています。
    光に満たされた室内の婦人像という、晩年の典型的なスタイルを持つ本作に表現された壁や衣服、ひと肌に反射しあるいは吸収されるこの光こそ、小磯が生涯追い求めた究極のテーマだったのでしょう。その意味においても、小磯がもっとも敬愛したフェルメールの作風に根底で通じていたともいえます。やわらかな色彩が快い調和をみせるなかで、レースや真珠など細部の質感表現に小磯の力量が光ります。

  • 上村松園≪よそおひ≫1949/山王美術館蔵

    上村松園
    ≪よそおひ≫1949
    山王美術館蔵

  • 上村松園

    よそおひ1949年

    松園最晩年の燈籠鬢島田髷を結った、気品ただよう美人像です。着物とコントラストをなす鹿の子と襦袢の朱、黄みがかった明るい緋色の帯が、紅の色と共につややかな美しさを見せる作品となっています。また、燈籠鬢島田髷は江戸期宝暦のころに京都の祇園からはじまり、安永から寛政期に流行した髪型です。
    1949年頃制作の≪若葉≫は同構図に楓の若葉が描かれていますが、本作をもとに新緑の季節にあわせて着物の色を淡くかえ、描いたものだと推察されます。
    1948年11月3日に女性としてはじめての文化勲章を授章した松園ですが、翌1949年の初夏に新しい画室が完成したものの、6月になり体調を崩し病臥にふしてしまい、8月27日にその生涯を終えました。

  • 伊東深水≪物思う頃≫/山王美術館蔵

    伊東深水
    ≪物思う頃≫
    山王美術館蔵

  • 伊東深水

    物思う頃

    思い人のことを考えているのでしょうか。それとも文をまちわびているのでしょうか。指さきを軽くかおにあて、瞳をふせ、物憂げな表情をみせる少女の姿は、はかなくも清らかな美しさが印象的です。
    羽織の文様は、杜若(かきつばた)もしくは花菖蒲(はなしょうぶ)でしょうか。杜若といえば、『伊勢物語』第九段の八つ橋にて遠く離れた都にいる妻への思慕と旅路の遠さをしみじみと詠んだ、在原業平の和歌が有名ですが、万葉集掲載の恋人を待ちわびている女性の気持ちを表した和歌に由来して、「幸福が来る」という花言葉もあるそうです。一方、花菖蒲の花言葉は「あなたを信じています」、「うれしい知らせ」。
    年頃の女性の、微妙な心のさまが伝わってくるかのような作品です。